【毒親】毒親に罵られ怒鳴られ暴力を振るわれて生きてきた。それでも愛されたくて必死で、結婚してからも母の為に尽くした。完全にエネmeだった。そんな私が母の呪縛から解き放たれたきっかけは…。
きっかけは昨年3月から定年退職した母が9月くらいから
いきなり連絡を取り出して、年明けには毎日のようにメールが来たことだった。
それまでは年に2~3回メールもすればいい方だったのに。
(ちなみに結婚後大病して自分は障害持ちになった。
その時も病気をしたことを責められ、会う度に姉の相手を探せと矢の催促だった。)
どうやら退職後うつとなったが、自分のことしか考えない父と
愛玩子で自分が一番じゃないと満足しない姉に挟まれ、辛くなってすり寄ってきた模様。
最初は色々怖くてメールを返してたけど
だんだんメールが来るだけでも具合が悪くなったのでガン無視。
それでもメールは来る。
幸い直接には来なかったけど年明けくらいからかなり精神状態がおかしくなっていて、
かかっている精神科の先生にまで心配される始末。
もう辛い、このまま消えたい、こんなに体が辛いのに
自分の事ばかりで私の事を何も思ってくれない・・・
でも今まで支えてくれた夫を考えたらそんなことは出来ない。
毎日泣いて暮らしてたある日、突然
『30数年泣き暮らしてきたんだし、この人たちのせいで消えたいってずっと
思ってたんだから一度くらいそう言う思いをさせていいんじゃないだろうか。』
と思い立った。
いわゆる意図してなかったけど「毒になる親」
という本に書いてある「対決」をすることになった。
メールでは伝わらないと手紙5枚。
でも書いたのはここ数年のことだけだったけど。でも
『こんなことをしてきた貴方を信頼できるはずもない。
財産分与もいらないし、その際にはちゃんと手続きはするからそれ以外連絡をしてくるな』
と手紙を送った。
ついでに姉の相手探しも無理だというのも書いた。
だって四十路近くて親同居で年収1000万くらいって
どこのスイーツ()だよって感じだったし。
これで美女ならまだしも私と一緒で小デブで普通の顔だもん。無理無理。
内容は感情的すぎないか夫にも読んでもらってOKして投函。
手紙を送ってからはしばらくは恐怖とか寂しさとかで辛かった。寝込むことも多かった。
でもするべきことをしたんだとどこかで思ってもいた。
そして三週間後手紙が来た。夫に読んでもらってから「まあ読んでも大丈夫」と言われた。
ちなみに夫の最初の一言が
「なんかお腹いっぱい・・・というか宗教っぽい感じ・・・謝ってはいるけど・・・
謝っているようには読めない。でも怒りとか罵りとかはなかったよ。」とのこと。
それを聞いてから手紙を読んだ。
夫の言うとおりだった。
山ほど謝罪を述べているのに何一つ私が言及した問題点には触れないか
「自分は悪くない」だった。
口先だけの謝罪がツラツラかかれているだけだった。
手紙を読んで何日も泣いたって書いてあったけど
3週間程度じゃねーか、短くって良かったなと思ったのも事実。
そしてこんな幼稚で愚かな自分勝手な人間に自分は振り回されていたのかと少し驚いた。
分かってたけどここまで酷いって思ってなかったから。
ただ「貴方の心が落ち着くまで連絡は控えます」と貰ったのだけは幸い。
うん、多分二度と来ないけどそうしてくれると助かります。
またしばらくは精神的に落ち込んだけど、でも今はこれで良かったと思ってる。
ニコ動で自○予防ウサギってあるんだけどその中に
「コウノトリの落とした広がるキャベツ畑から生まれた生だ」
という歌詞がすごく今は響いている。
いつか両親と姉と幸せに暮らしたかったし笑い合いたかった。
正直母のおなかに還って子供時代をやり直して母に甘えたかった。
生きてていいんだという自信を欲しかった。
それは叶わなかったし、自信は育たなかったけど
今は夫が支えてくれてそれをかなり遅いスピードだけど育てている。
それでも時折家族が恋しくなるとその歌を聞いて、延々と広がるキャベツ畑を想像する。
母からも父からも愛されなかったけどこの世界に生きることは
ずっと許されてきてたんだって思えたから。
それに随分長い間耳を塞いできたけどそれでもこの世界で生きることは許されていたって
ずっと言われ続けてたんだなと思った。それだけで癒される気持ちになる。
メールや電話、チャイムに怯えることも減った。
最初、毒になる親の「対決」の項は読むだけで辛かったし、出来るとは一度とも思わなかった。
でもある時ふと出来ることがあるのかもしれない。
エネmeになっちゃうと普通の人の出来ること、普通の人の判断が出来なくなることが増える。
でもそれでも変えたいって思って辛くても距離を取っていると
不思議と出来る日が来るのかもしれない。
その出来る日っていうのは
「自分は生きてていいんだ、自分を消したくなる気持ちにさせる人にも問題があるんだ」
って冷静に思える日なのかもしれない。
どうしてもこういう場所では「絶縁」が勧められやすいけどなかなかできなくて
苦しんでいる人も多いと思う。
私のように経済的なものや突撃されたりとかがないと特に。
でも「元気になりたい」とか「自由になりたい」とか「幸せになりたい」とか
思ってるとそのうちにそのチャンスってくるもんなんだなと思った。
長文ごめんなさい。でも書いててすごく楽になった。読んでくれてありがとう。
●コメント
お疲れ様でした
読んでて共感できる所が一杯あったよ
一つ聞きたいんだけど、両親と姉を恨んでないの?
●コメント
お言葉身に沁みます。
恨んでないかと言われれば多分恨んでました。
はっきりと言えば憎んでもいたし怒ってもいたし、妬んでもいたと思います。
ただ今時間が経ってやっとわかったのが
そのどの感情も悲しかったの別形態だけだったという感じでしょうか。
だから少し悲しみはあるんですけど今は手紙のあまりの幼稚さに呆れてしまって、
それに振り回された自分にもっと呆れているというか時間を損したなという感じです。
多分恨みも怒りも持っているにはエネルギー使うんだと思います。
きっとそれも今は使い切ってしまったんだと思います。
だからエネルギーが戻ってきたら恨みや怒りが戻ってくるかもしれませんが今はわかりません。
引用元:何を書いても構いませんので@生活板 4
https://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1427861722/
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